この記事の目次
「工場で作る原発」——こう聞いて少し意外に感じた方もいるかもしれません。原子力発電といえば、巨大な建屋を現地で何年もかけて建設するものというイメージがあります。しかし近年、SMR(Small Modular Reactor=小型モジュール炉)という新しい形の原発が急速に現実の選択肢として浮上してきました。
日米両政府が10兆円規模の共同投資を検討しているというニュースが報じられ、注目を集めています。この記事ではまず原発の基本的な仕組みから丁寧に整理し、電力不足やAI競争という時代の文脈を経て、なぜいま日米がSMRに向かっているのかを順を追って読み解いていきます。
1. BWR vs PWR:原発の基本2タイプを知る
原子力発電所は、核分裂で発生した熱で水を蒸気にし、その蒸気でタービンを回して発電します。この「水をどうやって蒸気にするか」によって、世界の原発は大きく2つのタイプに分かれます。
沸騰水型(BWR):直接沸騰させる
BWR(Boiling Water Reactor)は、原子炉の中で冷却水を直接沸騰させて蒸気を作り、その蒸気をそのままタービンに送る方式です。蒸気発生器が不要なぶん構造がシンプルで建設コストを抑えやすい反面、タービン側にも放射性物質を含む蒸気が流れるため、メンテナンスには配慮が必要でした。福島第一原子力発電所もこのBWRタイプでした。
加圧水型(PWR):二段階で蒸気を作る
PWR(Pressurized Water Reactor)は、原子炉内の冷却水(一次冷却水)を高圧(約155気圧)をかけて沸騰させず、その熱だけを蒸気発生器へ運ぶ方式です。そこで別の水(二次冷却水)を蒸気に変えてタービンへ送ります。放射性物質が一次系に封じ込められるため、事故時に外部へ拡散しにくい設計です。
| 項目 | BWR(沸騰水型) | PWR(加圧水型) |
|---|---|---|
| 冷却サイクル | 直接(1系統) | 間接(2系統) |
| 動作圧力 | 約75気圧 | 約155気圧 |
| 構造 | シンプル | やや複雑 |
| 放射性物質の閉じ込め | タービン側にも流れる | 一次系に封じ込めやすい |
| 世界シェア | 約14% | 約71% |
| 日本のシェア | 約50%(17基) | 約50%(16基) |
日本だけBWRが多い理由
世界全体ではPWRが約71%を占める一方、日本ではBWRとPWRがほぼ半々という独特な構成になっています。これは1960〜70年代の技術導入の歴史に由来します。BWRはGE(米ゼネラル・エレクトリック)の技術を東芝・日立が、PWRはウェスチングハウスの技術を三菱重工が受け継いだため、国内でほぼ均等に普及しました。
また、2011年の福島第一原発事故(BWR)後の再稼働でもこの違いが影響しました。放射性物質の閉じ込め能力が高いPWRが先行し、最初に再稼働した九州電力・川内原発(2015年8月)以降、2024年まで再稼働した原発はすべてPWRでした。BWRとして初めて再稼働したのは2024年11月の東北電力・女川原発2号機でした。
2. 大型炉の限界:なぜそのまま増やせないのか
電力が足りないなら従来の大型原発を増設すればよいのではないか——こう思う方もいるかもしれません。しかし現実には、大型炉にはいくつかの大きな壁がありました。
コストと工期の問題
大型炉1基の建設コストは1兆円を超えます。さらに着工から運転開始まで10〜15年を要するため、今の電力不足にすぐ対応できない構造になっています。2023年に稼働したウェスチングハウスのボーグル原発3号機(ジョージア州)は米国でおよそ30年ぶりの新規商業運転でしたが、当初計画を大きく超える工期延長とコスト超過が問題になりました。
45年のブランクが招いた人材・技術の空洞化
米国では1979年のスリーマイル島事故以来、原発の新規建設が事実上止まっていました。その結果、建設に必要な熟練技術者やサプライチェーンが45年間で大きく失われていました。「建てたくても建てられる体制が残っていない」という状況です。
世界市場は中国・ロシアが席巻
世界でここ10年間に着工した大型原発の約9割は中国製またはロシア製でした。欧米・日本が大型炉建設から遠ざかっている間に、技術と市場のリーダーシップが移行していた現実がありました。「建設コストが高く、時間がかかり、技術も衰退している」——この三重の壁が、既存の大型炉をそのまま増やすことを難しくしていました。
3. SMRとは:小型化とモジュール化が変えること
こうした大型炉の限界を突破しようとして生まれたのがSMR(Small Modular Reactor=小型モジュール炉)です。名前の中でとくに重要なのは「M(モジュール)」の部分です。
SMRの3つの定義要素
| 要素 | 内容 |
|---|---|
| Small(小型) | 電気出力30万kW以下(従来の大型炉は約100万kW) |
| Modular(モジュール) | 工場で量産→現地に輸送→組み立て。複数台の連結も可能 |
| Reactor(原子炉) | 炉の種類は問わない(BWR・PWR・高温ガス炉など) |
BWRやPWRはあくまで「冷却方式の違い」であり、SMRはそれとは別の「サイズと製造方法」で定義されるカテゴリーです。BWRベースのSMRもPWRベースのSMRも、どちらも存在します。
大型炉との比較
| 項目 | 従来の大型炉 | SMR |
|---|---|---|
| 出力 | 約100万kW | 30万kW以下 |
| 建設方法 | 現地で一から建設 | 工場製造→輸送→組み立て |
| 工期 | 10〜15年 | 大幅短縮が期待される |
| コスト構造 | 1基に数兆円 | 量産効果でコスト低減 |
| 立地 | 大規模用地が必要 | データセンター隣接も可能 |
日本が関わる主なSMR
日本では、日立GEベルノバニュークリアエナジーが開発するBWRベースの「BWRX-300」(出力約30万kW)と、三菱重工業が開発するPWRベースの小型炉が国内の二大潮流となっていました。BWRX-300はカナダのオンタリオ州で2025年4月に建設ライセンスを取得するなど、実用化が着実に進んでいます。
4. 電力不足という追い風:なぜ”今”SMRなのか
技術としてのSMRはある程度前から研究されていましたが、ここにきて一気に注目が高まったのには、エネルギーをめぐる世界的な環境変化がありました。
脱炭素と安定供給の矛盾
気候変動対策として石炭・天然ガスによる火力発電を減らす動きが世界で加速しています。しかし太陽光・風力は天候に左右される不安定な電源であり、24時間365日の安定供給には向きません。原子力はCO₂を排出せず、安定的に大量の電力を供給できる数少ない電源として再評価されていました。
欧州のエネルギー安全保障の転換
2022年のロシアによるウクライナ侵攻は、ロシア産天然ガスへの依存度が高かった欧州に大きな打撃を与えました。エネルギー安全保障の重要性を痛感した欧州各国では、一度は縮小に向かっていた原子力を見直す動きが広がっています。
米国の45年間のブランクが招いた構造的不足
米国では1979年のスリーマイル島事故以来、原発の新規建設が事実上止まりました。その後、老朽化などで原子炉数はピーク時(1990年)の112基から現在の90基台まで減少しています。再生可能エネルギーの普及が進む一方で、産業・家庭・データセンターの電力需要は増え続けており、供給不足が構造化しています。大型炉の建設には10年以上かかるため、今から着工しても間に合わない——そこにSMRの現実的な選択肢としての価値がありました。
5. データセンター需要の爆発:AI競争が電力を求める
電力不足に最も強い圧力をかけているのが、AIの普及によるデータセンター需要の急拡大です。
データセンターの消費電力は直近10年間で3倍になり、今後5年でさらに2〜3倍に増えるとされています。米国では電力供給が需要に対して20%不足する可能性があるとされており、これが中国とのAI開発競争における障壁になっています。米商務長官ラトニック氏も「データセンターの開設や半導体事業の成長などで米国は電力を必要としている」と述べています。
こうした背景からAmazonをはじめとするテック大手も原発への投資を計画しており、2050年までに米国内で300基以上のSMRが稼働するとの予測も出ています。
SMRがデータセンターに特に適している理由は、工場での量産によって迅速に建設でき、コンパクトなためデータセンターの隣に立地できる点にあります。大型炉の完成を待っていては電力需要の急増に間に合いませんが、SMRならモジュール単位で順次増設できます。
6. 日米SMR投資の動き:10兆円が動く背景
こうした技術・需要・安全保障の文脈が重なったところに、日米間の大型投資計画が生まれました。
5500億ドルの対米投資枠から始まった
日本は2025年7月、トランプ政権との関税引き下げ交渉の一環として5500億ドル(約88兆円)の対米投資枠を設定しました。第1号案件としてオハイオ州のガス火力発電が決定し、SMRへの投資は今夏以降に正式発表予定の第2・第3号案件に含まれる見通しです。
具体的な投資規模
| 案件 | 規模 | 備考 |
|---|---|---|
| GEベルノバ+日立(BWRX-300) | 最大400億ドル | 初の案件はテネシー州を想定 |
| ニュースケール・パワー | 最大250億ドル | 計画が浮上中 |
| 合計 | 10兆円超の可能性 | 最終協議中(2026年6月時点) |
日米が共同投資する戦略的意味
トランプ大統領は原発の発電能力を2050年に現在の4倍に引き上げる目標を設定し、2030年までに大型炉も10基新設する計画を打ち出しています。さらに2025年5月には小型炉の承認迅速化など4つの大統領令を署名しました。
SMRの量産サプライチェーンを日米で共同構築し、その技術を世界に輸出していく戦略が描かれています。米商務長官ラトニック氏は「SMRを米国内で大規模に建設するサプライチェーンを日米で構築し、世界に輸出する好機になる」と述べています。
日本側の交渉筋も「日米は共同投資によって人材や技術面で巻き返しが必要」と話しています。世界の大型炉の約9割が中国・ロシア製という現状に対し、日米が「工場量産できるSMR」という新しい軸で原子力市場のリーダーシップを取り戻そうとする動きでもありました。
なお、日本側が懸念していた事故発生時の賠償責任については、米高官が「これは米国の原発事業であり日本には賠償責任は一切ない」と明言しており、正式契約に向けた最終協議が続いています。
まとめ
BWRとPWRという2つの原発の基本形式から始まり、大型炉の限界、SMRの登場、電力不足という世界的な課題、AIとデータセンターが生む膨大な電力需要、そして日米10兆円投資という流れで全体を俯瞰してきました。
「工場で作る原発」というSMRの発想は、単なる技術革新にとどまらず、エネルギー安全保障・脱炭素・AI競争という複数の課題が交差する場所から生まれた解決策でした。今後の動向として、今夏以降に予定される日米の正式発表がどのような内容になるかが注目点です。
